人気ブログランキング |
カテゴリ:美術館( 15 )

2008年 11月 23日
国立新美術館 ピカソ展
昨日の東京お上りさん建築見学会は、表参道から途中青山霊園、
国立新美術館、TOTOギャラリー間、東京ミッドタウンと
原宿の駅からすべて徒歩で廻りました。

国立新美術館は2007年1月にオープンしました。
建物の形とガラスのルーバーがポイントの建物ですが、
設計は昨年亡くなった建築家黒川紀章です。

現在、国立新美術館で12月14日まで「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」
を開催しています。
時間の関係でゆっくり見られませんでしたが、大勢のお客さんの中
時代別にピカソの作品を見ることが出来ました。

c0087349_1034120.jpg

c0087349_10343371.jpg

c0087349_10345471.jpg

c0087349_10351773.jpg

c0087349_10353715.jpg

by core1808 | 2008-11-23 10:35 | 美術館 | Trackback | Comments(0)
2008年 06月 14日
バウハウス・デッサウ展
東京芸大美術館で7月21日までバウハウス展が開催されています。
その後は、浜松美術館で開催されますが、昨日、上京の際見て来ました。

c0087349_17323738.jpg

私の大学の先生は、建築史と建築美学が専門です。
特に近代建築史は、多くのことを教えて頂き、
私が最も興味のある建築の分野となりました。

近代建築史のなかでバウハウスの存在は大きな位置を占めています。
以前、東京の設計事務所で修行中にもバウハウス展を見ましたが、
今回、日本初出品の多さや特にデッサウ期のバウハウスの展示と
いうことで見に行きました。
会場は、何処かの学校の生徒さん達が見に来ていたため、
かなり混雑していました。
出来ればもう少し静かにゆっくり見たいと思いました。
メモ帳代わりに、東京芸大美術館のHPのバウハウス展解説から抜粋しました。

c0087349_1728342.jpg1919年にドイツ、ヴァイマールに誕生した造形芸術学校、バウハウス。
ヴァイマール、デッサウ、ベルリンと拠点を変え活動し、1933年、ナチスの
台頭とともに閉校を余儀なくされたバウハウスは、しかし、75年経った今も、
世界中のデザインや建築に大きな影響を与え続けています。
本展は、バウハウスを広く近代史の中に捉え直したうえで、デッサウ期に
焦点を当てるものです。

【展覧会構成】
第1部 バウハウスとその時代
第1部「デッサウ以前/バウハウスとその時代」では、バウハウスと社会との結びつき、
どのようにバウハウスは生まれ、どのように製品が誕生したのか。

第2部 デッサウのバウハウス
第2部では、「基礎教育と工房」について紹介します。
『建築(バウ)を最終造形』と位置づけたバウハウスの活動は、
様々な素材や加工技術を学ぶ基礎教育が重要視されていました。
この基礎教育で自由な発想と柔軟な創造性を学んだ学生たちが、
次に進むのがそれぞれの専門分野の工房です。
ここでは主にデッサウ期の(1)基礎教育、(2)工房、(3)バウハウスの写真と芸術、
(4)舞台工房の4つに焦点をあてています。

第3部 建築
バウハウスの最終目標である建築。
第3部では、教授陣によって設計されたものの、実際には建てられることのなかった
建築プランを模型やパネルで展示します。
また、本展の目玉のひとつとして初代校長ヴァルター・グロピウス自らが設計した
デッサウ校舎の校長室をリアルスケールで再現。
バウハウス理念の空間を実際に体験していただけます。

by core1808 | 2008-06-14 17:32 | 美術館 | Trackback | Comments(0)
2008年 05月 02日
重森三玲(しげもり みれい)庭園美術館
京都大学正門(時計台)の近くに重森三玲庭園美術館があります。
重森三玲の旧宅以前元々は、吉田神社の社家として名高い鈴鹿家の所有であったものを、
昭和18年(1943)に庭園家の重森三玲が譲り受けました。
書院前の庭は、吉永小百合のシャープ液晶テレビ、アクオスの
CMで知られるようになりました。
庭園美術館としても数年前に開館されたようです。

c0087349_4545127.jpg
c0087349_4552814.jpg

重森三玲(1896-1975年)は、岡山生まれ。
昭和を代表する作庭家、庭園史研究家、前衛いけばなを提唱する
など多分野で活躍しました。
日本美術学校で日本画を学んだ三玲は、絵画に挫折しその後庭園に興味を持ち
庭園を独学で学び、京都の東福寺方丈庭園、光明院庭園、松尾大社庭園など
国内に約200もの庭園を作庭しました。
国内にある各社寺には庭の資料が残されていないので、修復には困難が予想され、
将来も庭園の研究が発展しないことを痛感した三玲は全国の庭園の実測調査を
おこない「日本庭園史図鑑」を出版しました。
他にも「枯山水」、「日本庭園史大系」などの著書があります。
三玲の名はフランスの画家ジャン・フランソワ・ミレーにちなんで改名したものです。

重森三玲旧宅は、本宅、書院とも江戸期の建物で、その後三玲が新たに自ら設計して
建てた二つの茶席(無字庵 昭和28(1953)年、好刻庵 昭和44(1969)年)と、
自作の書院前庭や茶庭、坪庭がつくられています。
書院、茶室は国の登録文化財に指定されています。

書院前の庭は、中央に蓬莱島、東西に方丈、瀛州、壷梁の三島を配した枯山水庭園で、
部屋の内部や縁側から鑑賞することができます。

重森三玲は昭和期において立石本意のモダンな枯山水の復興に努力し、
抽象的な表現を模索しながら現代的な石組みを作り上げています。
画家ではカンディンスキーが好きで、三玲の残している絵画作品や彼が設計した
庭を見ると州浜や砂紋のデザインにはその影響が見て取れます。

c0087349_457794.jpg

書院の床の間に「林泉」と書かれた軸が掛けられていました。
「元々、庭は日本で生まれた言葉、中国では林泉と言う。」と
説明がありました・・・・・・・良い言葉ですね。
c0087349_4574788.jpgc0087349_458874.jpg
c0087349_4583526.jpg

上段左:書院床の間(天井照明はイサム・ノグチ作)、右:重森三玲設計の茶席好刻庵(天井照明も三玲作)
下段左:水屋と坪庭

by core1808 | 2008-05-02 05:06 | 美術館 | Trackback | Comments(0)
2008年 03月 27日
建築の記憶 -写真と建築の近現代―
昨日東京で、今年4月より施行される住宅瑕疵担保履行法に基づく保険制度による
「現場検査員育成講習会」が開催されました。
この講習会は参加者が多く、昨日の追加講習会に参加できました。

講習会は午後から、もう一つの目的が、現在東京都庭園美術館で今月末まで開催されている
「建築の記憶-写真と建築の近現代―」展を見ることでした。

明治期から現代までの建築を同時代の写真家の写真を通じて紹介しています。
記録写真から建築の魅力を引き出す現代の写真まで、約400点を
7つの章によって構成展示していました。
建物写真以外に構想段階の建築模型を撮影した写真なども展示してあり
建築家の思考の過程を見ることが出来ました。
近現代の建築の変遷を写真家の目を通じて色々な形で考えられた展示でした。

東京都庭園美術館の正面の桜がとても綺麗で、アールデコの建物に
ピッタリでした。

c0087349_5505097.jpg
c0087349_551798.jpg
c0087349_5513042.jpg
c0087349_5514744.jpg

by core1808 | 2008-03-27 05:51 | 美術館 | Trackback | Comments(0)
2006年 08月 19日
村上豊の世界
みしまの佐野美術館で地元出身の画家「村上豊の世界」の展覧会が開催されています。
名前だけは何となく・・・という感じでしたがパンフレットを見て・・・時代劇に夢中になっていたとき見た「江戸を斬る」の懐かしいタイトルバックが「町の夕暮れ」という彼の作品でした。
早速、昨日カミサンと見てきました。
c0087349_4465328.jpg









村上豊は1936年静岡県三島市に生まれ、県立三島南高校を卒業後、三島市役所に3年間勤務し画家を目指し上京しました。平成17年(2005年)にNHK「ようこそ先輩!」が三島市立東小学校で撮影され、その時描かれた作品も展示してありました。

c0087349_551728.jpg
開催案内パンフレット
c0087349_553353.jpg
















自然、四季、子どもたち、妖怪・・・・などなど、私たちが忘れかけた風景やユーモラスな題材で心和むひと時でした。また作家のカットも多くてがけ、夢枕獏、向田邦子、曽野綾子等も展示してありました。
9月4日まで開催しています、是非お出かけ下さい。

by core1808 | 2006-08-19 05:18 | 美術館 | Trackback | Comments(0)